FC2ブログ
  • 2018_08
  • <<
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • 8
  • 9
  • 10
  • 11
  • 12
  • 13
  • 14
  • 15
  • 16
  • 17
  • 18
  • 19
  • 20
  • 21
  • 22
  • 23
  • 24
  • 25
  • 26
  • 27
  • 28
  • 29
  • 30
  • >>
  • 2018_10

神経性頻尿(心因性頻尿・頻尿恐怖)からの卒業ブログ


スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

  1. [ edit ]
  2. スポンサー広告

進路面接

9月頃でしょうか。


ちょうど、私の夏休みの実験も虚しい結末に終わり、絶望真っ只中だった頃、進路面接がありました。


一応、夏休みまでは公立大学を受験しようと考えていたのですが、この頃には「どこの大学に行っても、頻尿であることは変わらない。もちろん、大学の後も、その先もずっと...」という負の感情に支配されていたため、進路のことなどどうでもよくなっていました。


それでも、卒業して働くとなると、この病気で働ける場所があるのかどうかわからなかったので、進学をすることにしました。


ちなみに、この病気になる前はコンビニのバイトをしていたのですが、その時のシフトはほとんど一人でやっていたので、休憩もなく5時間ぶっ続けでした。


それでも、トイレには行きませんでした。
もし、どうしても行きたくなった場合は、客がいなくなるまで我慢して、間を見てダッシュで行きました。


今思うと、とても恐ろしい環境です。


そのイメージが強くあったので、当時の私に就職という選択肢はありませんでした。


それで、面接の日になったのですが、担任からは受験を勧められました。


もちろん、家にお金は無かったので、前までの私なら受験を選びました。


しかし、未来に希望が見いだせなくなっていた私は、勉強する意欲を失っていました。
大学に進学したい!という気持ちはほとんどなく、消去法で進学を選びました。


そして、ある種保険のように推薦を選びました。この場合の保険というのは、推薦が決まっても最悪直前で断ればいいやという保険です。


もちろん高校側には多大な迷惑をかけます。
そのせいで、大学側から次年度の推薦を断られる可能性もあります。


それでも、私は保険としての推薦を選びました。
この時の私は、周りのことなどほとんど考えてなかったように思います。


幸い、当時の私はクラスの中では一番の成績でした。
推薦も学校に一枠、というか私たちの専門コース(クラス)に一枠のものを選ぶことにしました。


選んだ理由は、私立大学の中では有名なところだったのと、推薦枠の中で一番偏差値が高い大学だったからです。


ただそれだけの理由でした。


なので、入学するまではその学校に全く興味がなく、私は何も知らずに入学することになります。


推薦の希望者はまだ決定ではなかったのですが、敵はクラスメイトなので、私がその推薦を狙うことにすると、周りのクラスメイトたちは他の推薦を狙いました。


推薦は、成績と資格で決まります。
更に、勉強のできる子はほとんどが受験をするため、実際に推薦を狙うクラスメイトと私の間には差がありました。そういった理由から、ほぼ私の推薦は確実でした。


クラスメイトからは「楽する方に逃げたな!」と散々いじられました。
神経性頻尿になる前であれば、その言葉に感化されて受験に切り替えたかもしれません。


でも、本当にもう、その時は、どうでもよかったんです。


そんな風に、私は進路を決めました。

スポンサーサイト

  1. [ edit ]
  2. 高校3年生
  3. / trackback:0
  4. / comment:0


 管理者にだけ表示を許可する
 

<<文化祭  | BLOG TOP |  新学期>>



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。