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神経性頻尿(心因性頻尿・頻尿恐怖)からの卒業ブログ


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体育祭

体育祭は地獄でした。


私の高校では、前学期に体育祭がありました。


競技を競うだけのもので、その日一日は授業も無いのでラッキー!と去年までは思っていました。


ですが、今年は訳が違います。


体育祭当日よりもむしろ、その練習が苦痛でした。


普段の体育の授業であれば一時間のところ、体育祭の合同練習では二時間が普通でした。


普段の一時間授業でさえ、初めの二十分以降は常に尿意と戦っていた私にとって、二時間というのは絶望の数字でした。


ですが、練習がうまくいけば一時間でトイレ休憩がもらえました。しかし、そうは問屋が卸しません。


行進練習のときは、かならずといっていいほど一時間をオーバーしました。


合同練習は学年ごと、もしくは全学年で行われるのですが、大体の時間は行進練習か団体競技の練習に使われます。


行進練習は体育教師中心のもと、吹奏学部の演奏でひたすらグラウンドを歩きます。
きちんと足並みや列が揃わなければ、揃うまで歩き続けることになるのです。
そして、そのたびに朝礼台の上から体育教師が拡声器で言います。


「揃わんかったら、休み時間なしやぞー」


この一言が、どれだけ私の尿意を過疎させたことか、思い出したくもありません。


そもそも、一学年で500人以上いるので、やり直しとなると相当な時間がかかります。また、皆が列を揃えて歩かなければならないので、逃げることができません。
トイレに行きたいからと一人で列を抜ければ、クラスだけでなく学年全体、場合によっては全校生徒に迷惑をかけることになります。


そう考えると、死んでもトイレにはいけないと思いました。


そして、行進の次に怖かったのは大縄跳びでした。


行進練習からの大縄跳び練習は、まさに地獄でした。


行進練習でただでさえ限界にきている状態で、ジャンプするのです。
それはもう、どれだけ怖いことか...


いや、文字だけ見たら何かおもしろいことのように感じます。
でも、本当に怖いんですよね、ジャンプ。


一時間も行進練習をすると、ある程度の尿は溜まります。ただでさえ神経性頻尿なので、そりゃもう膀胱への意識はものすごいものになります。


その直後の大縄跳びです。


初めのジャンプがどれだけ怖いことか...


後にも先にも、あれほど怖い思いをした競技はありません。


ジャンプをする度に、漏れそうになります。


それでも引っかかったらクラス全員に迷惑をかけるので、飛ばなくてはなりません。


なので、尿を我慢するときのように、お尻に力を入れて締め上げながら飛びます。


地上に着地した瞬間、膀胱に与える刺激は、はかりしれません。


一度引っ掛かれば、それで終わりというルールであればよかったのですが、時間内であれば何度でも再チャレンジ可能という悪魔のようなルールだったので、制限時間内は、存分に地獄を味わいました。


この、行進と大縄跳び練習が休みなく連続であった日は、その後いかなる練習があったとしてもダッシュでトイレに行きました。


通常であれば休み時間がなくても、自分の出場しない競技の練習の間に、トイレに行くことができました。しかし、私のグラウンドは学校の外の河川敷にあり、トイレまでは結構な距離があったので、トイレには常に全速力でした。


トイレにいったせいで、競技練習に間に合わなかったときもありましたが、その時はクラスメイトが教師に事情を話してくれました。


この頃になると、クラスメイトも私が頻繁にトイレに行くようになったことを知っていました。


ちなみに、私のクラスは普通科の中でも専門分野を持つ進学コースで、三年間同じクラスです。


そんな気心のしれた仲間でしたが、結局最後まで、私の病気のことは言えませんでした。


私がトイレに頻繁に行くようになった理由は、「お腹の病気」ということにしていました。


何故か頻尿だとは言えませんでした。


一般的に、頻尿よりも腹痛の方が我慢しにくいものと認識されています。
また、小であれば授業前にトイレに行ったのに、授業中にも行くというのはとても不自然に感じました。それに比べて、大であればお腹の調子が悪いという理由で、日に何度もトイレにいきやすいと感じたのです。
事実、小であれば我慢しなさいと教師に言われましたが、大の場合は必ずといっていいほど、トイレにいかせてくれました。


本当に腹痛の病気で苦しんでいる方には申し訳なく思います。
ですが嘘をつくことで、トイレにも行かせてもらえ、一々めんどくさい説明をしないですみました。


自分の苦しみ、症状を証明する手段がない。
説明するのも嫌なのに、説明しても理解されない。
これが、神経症の症状で苦しむ方々をより一層暗闇へ追い込みます。



そして、体育祭当日を迎えました。


一番の苦痛は一番最初に訪れました。


入場行進と開会式です。


もう、入場前に待機する時点で、頻尿でした。


いざ、入場が始まると練習通りにしっかりと列を崩さずに歩かなければなりません。


入場した後も、その場で足ふみをしながら全校生徒が入場するのを待ちます。


地獄のような時間でした。


そして、そのまま開会式です。全校生徒が広いグラウンドにきっちりと整列する中で、一人だけ抜けだすことはできるはずもありません。


尿意との戦いは、そろそろ限界を迎えようとしていました。
にもかかわらず、見たこともないおじさんが次々に台に上っては話続けます。


なんとか、ギリギリのところで開会式が終わりました。
その足で、私はトイレにダッシュしました。


体育祭当日は、競技中以外はフリーだったので、開会式意向は気持ち的に楽でした。


しおりに書いてあるスケジュールをしっかりと把握して、自分の出場競技の集合前ギリギリに間に合うように、トイレに行く時間を調整すれば尿意が限界にくることはありませんでした。


とはいっても、水分はほとんど取りませんでした。


でも、これは本当に危険です。当日は気温も高かったですし、よく倒れなかったなと思います。でも、その当時は、水分補給の重要性が頭ではわかっていても、飲むことで尿意がでるならば、倒れることを選らびました。
それほど、深刻でした。


今では、運動をする日は、前日の夜にしっかりと水分補給をするようにしています。
そうすると、当日は少ししか飲まないので、気持ち的に楽です。


もちろん、自由にトイレにいける環境であれば、きちんと水分は取ります。
元々汗かきなので、多分人より飲みます。
でも、そういうときはトイレに行きたくならないんですよね。そういうときはいつも、あぁ、自分はやっぱり神経性頻尿なんだなと実感します。


結局、体育祭では昼食前と、終了後に全校生徒に配られたジュースでしか水分は取りませんでした。


また、本来であれば高校三年生の最後の体育祭で、名残惜しい気持ちも湧いてくるのでしょうが、終了後は安堵感しかなかったです。
もう、これで体育祭で尿意で苦しむことはない。そう思うと、嬉しくてしょうがありませんでした。


その他のイベントも、どれも最後なので、本来ならひとつ終わるごとに寂しさを感じるのでしょうが、このときの私は違いました。


病気というのは、人の感情や思い出にも、容易く踏み込んでくるものなのだと知りました。

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