スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

  1. [ edit ]
  2. スポンサー広告

英検、漢検、数検

高校3年生になってから、模試と検定の日々が始まりました。


模試は強制参加でしたが、土曜日にいつもの教室で行っていたので、手を挙げてトイレに行くことは可能でした。


定期試験のように外に出たら用紙回収ということはなかったので、気は楽でした。
また、自分でも意外だったのは、授業ではなかったので、手を挙げてトイレに行き易い環境にあり、比較的に頻尿の症状は抑えられました。


しかし、英語だけはリスニングのテープを皆で聞くので、その間の僅か数分は、物凄い尿意と緊張に襲われました。


でも、問題は検定でした。


私は、推薦も一応考えていた為、検定受験は必須でした。


ですので、前期には、英検、漢検、数検とその他マイナーな検定をいくつか受けることにしました。


推薦に有利とされるのは全て2級以上でしたが、まずは練習のために準2級を受験しました。
数検だけは他と比べると簡単だったので、2級を受けました。


結論から言いますと、全て取得できました。


ですが試験前は、合否などはどうでも良くなるぐらいに、尿意のことで不安でした。


もちろん、一番の恐怖は試験会場でした。


詳しい時間は忘れましたが、検定の試験時間は事前に把握できたので、その試験時間のことを考えるたびに試験をやめようかと思いました。


中でも、英検の試験時間は長かった記憶があります。
そして、英検当日の恐怖は、今でもしっかりと記憶しています。


ですので、英検=怖い
という変な印象を持ってしまいました。


それだけ強烈でした。


英検当日は、試験会場に着く前から問題がありました。


それは「急行列車」です。


会場の大学までは、この急行を使うしか方法が無かったのです。
今思えば、列車にトイレが着いていたのかもしれませんが、普段利用しない線だったのでトイレがないと思い込んでいました。


車内では駅に着くたびに、ここで降りてしまおうかと思いました。
でも、次の駅までは我慢しよう。いや、でも、次の駅までは10分以上はあるだろうし、もしその間に漏らしてしまったら...というようなことを、急行に乗っている1時間中考えていました。


乗って一駅目で尿意が来たので、ほぼ1時間は我慢していました。
もう手汗と脇汗と呼吸と、緊張時に出る症状は腹痛以外は全て出ていました。


そして、何とか会場に辿りついたのですが、試験教室の席を見て唖然としました。


似たような病気の方なら共感して頂けると思うのですが、席は「端」でなければダメなんです。


すぐに出れる、誰にも迷惑をかけずに出れる端の席でないと、心が落ち着きません。


案の定、私の席は真ん中の席でした。


横二人に挟まれる形になっており、机の間隔も狭かったので席を立つときは、端の方にどいてもらわないと出れない状況でした。


自分の席に絶望した私でしたが、とりあえず自分の席に荷物を置いて教室を出ました。
試験開始までは教室の外で時間を潰して、直前にトイレに行ってから教室に入ろうと思いました。


実際にそこまでは、計画通りにいきました。


ですが、私が教室に入って試験の説明が始まると、3度目の恐怖が待っていました。


トイレなどの退室に対するルールです。


その時言われた試験会場のルールは、こうでした。


まず、トイレに行きたくなった人は手を挙げます。
しかし、それですぐにトイレに行ける訳ではなく、廊下を巡回している試験監督が教室の前を通りかかるのを待って、試験監督と一緒にトイレに行くというものでした。


実際に私は手を挙げましたが、手を挙げてからトイレに着くまでの時間が、物凄く長く感じました。
手を挙げると、試験監督が「わかりました。巡回がくるまではテストを続けて下さい」と言いました。我慢の限界で手を挙げた私に放った、あの言葉の絶望感は、今でも忘れられません。


大学生になった今では、学校に英検の試験監督のバイト求人がよくきます。半日座っているだけで、結構な時給を貰えるので、一緒にやらないかと周りの友人がよく誘ってくれるのですが、私は絶対に断ります。


この病気にならなければ「あぁ、座ってるだけなのにお金が貰えるなんて、なんて楽な仕事なんだ」とか考えていたのでしょう...
「たら、れば」は考えたらキリがありません。


本当に心身共に健康であることが、どれだけ幸せなのかということを感じます。


英検は一次に合格すると二次の面接があるのですが、それは拘束時間が短かった為、あまり恐怖は感じませんでした。


漢検、数検に関しては会場が自由にトイレに行きやすい雰囲気だったのと、試験時間が英検に比べて短かったので、もちろん尿意は襲ってきましたが、英検ほどの恐怖は感じませんでした。


ちなみに、英検のときの恐怖があまりにも酷く、大ダメージだったので、その後の二級は受験しませんでした。


そして、しっかりと試験を恐れるようになってしまいました。


学校のカリキュラムで、私だけ別に受験を勧められた試験も、試験時間が2時間半で説明を合わせれば3時間あったので、受験を拒否しました。


「受かったら儲けもん」という、それまでの私の考え方はどこかに消え「試験時間は何時間だ?」ということを第一に考えるようになっていました。


今は何回か試験も経験して、徐々に頻尿の症状も軽くはなってきたのですが、それでもまだ試験は怖いです。
授業とは違った怖さがあります。


試験内容や受かるかどうかよりもトイレのことが気になるなんて、普通の人からしたら可笑しいことだと思います。私も昔ならそう思ったでしょう。


でも、この呪縛こそが神経性頻尿です。


そして、この呪縛から解放された時が「卒業」であり「完治」なのでしょう。



スポンサーサイト
  1. [ edit ]
  2. 高校3年生
  3. / trackback:0
  4. / comment:4

進路

高校三年生になると、具体的な進路を決めなければなりません。


私にもその時が訪れました。


うちの学校は一応進学校なので、基本は受験を進めます。


しかし、私立高校なので推薦という選択肢もありました。


私は、この病気になる前は、地元の公立大学を受験しようと考えていたのですが、神経性頻尿になった今となっては、大学進学自体も悩みました。


講義に耐える自信がありませんでした。


ネットで調べると、大学の講義は1時間30分あるとかかれており、心が折れそうになりました。


楽しみにしていた大学生活が、私の前から消えようとしていました。


ですが、全てを判断するのはまだ早いと思い、推薦にしろ受験にしろ今は進学を希望しておくことにしました。


しかし、推薦を取るのであれば学内の成績と資格が必要となります。


テストの成績は、幸いにも上位だったので、推薦にすることも視野にいれると取れる資格は今年中にとらなければあなりませんでした。


同時に受験に向けては、土曜日に学校で行われる模試に強制参加となります。


これが、普段の授業にプラスして、私に苦しみを与えました。


  1. [ edit ]
  2. 高校3年生
  3. / trackback:0
  4. / comment:0

新学期

短い春休みが終わり、いよいよ新学期が始まりました。


これから一年、この尿意に苦しむのかと思うと気が狂いそうでした。


始業日前日は全く眠れずに、学校に行きました。


新学期になっても症状は、改善しませんでした。


学校では毎日きちんと8回はトイレに行きました。
学校に着いたとき、授業が始まる前各一回ずつ、帰る前一回です。


それでも一時間を必死に耐えればトイレにいけたので、ギリギリ耐えれました。


しかし、私のクラスでは国家資格の取得がカリキュラムに入っていたので、週に一日その講習がありました。


それは7時間目と8時間目を使ってぶっ通しで行われるので、2時間教室を出ることが出来ませんでした。


しかも、講師の方が来てくださるので、出て行きにくい雰囲気で余計に意識してしまいます。


ちなみに私はその資格を二年生のときに取得していたので、講義を受ける必要はないはずだったのですが、一人だけ帰ることはダメと言われ、一人で上位資格の勉強をさせられました。


ちなみにその資格を取った二年生のときには、まだ神経性頻尿にはなっていなかった為、なんともなかったのですが、思い返すと試験時間が2時間30分で実質の拘束時間は3時間でした。


二年生のときに、取得してよかったなと思いました。


今なら絶対に試験に集中できません。


そんなこんなで高校最後の一年、戦いの一年が始まりました。


  1. [ edit ]
  2. 高校3年生
  3. / trackback:0
  4. / comment:0

合宿

当時私は、ボランティア活動をやっていて、その合宿が一週間ほどありました。


親の影響もあり小学生以前から参加していて、私の中では長期休暇の楽しみの一つでした。


今回の合宿も、参加申し込みをしていました。


でもその申し込みをしたのは頻尿になる前でした。


当然キャンセル料はかかりますし、何より昔からの仲間に迷惑をかけます。


当日の朝、玄関を出るときまで悩みましたが、特に高熱などにかかることはなく、誰の目からも見えない、泌尿器科の検査でも異常が見つからない、神経性頻尿という病気を抱えた私は、断腸の思いで合宿に参加することにしました。


心配ごとは山程ありました。


それも、今までとは種類が違います。


今まではスケジュールや新しい友人ができるかどうか、活動がうまくいくかどうかなどに気をはっていました。


ですが今回は、現地までの車、スケジュールの休憩の間隔、トイレにいける環境、まず初めに頭に浮かぶのはトイレのことでした。


そして案の定、初めの車から試練でした。


現地までは知り合いの車で、高速を使って2時間の距離です。


今までなら、出発前にトイレに行けば以後は到着までトイレのことなど頭にも浮かびませんでした。


休憩にパーキングに寄ったとしても、トイレなど行かずに飲み物やお菓子を買っていました。


でも、今回は違います。


尿意との闘いです。


車なので同乗者の方に迷惑をかけれないと思い、余計に尿意はひどくなりました。
いつもなら楽しい車内も、私は殆ど会話もせず、赤信号を恨み、我慢で意識を失いそうになりながらも2時間乗り切りました。


到着して車から降りた瞬間、トイレに行けるという安心感で尿意が消えました。


実際にトイレに行くと、前日からほとんど水分を取っていなかったせいか、2時間にしてはかなり少な目でした。


あぁ、私はこういう病気と闘っているんだなぁ
と、改めて思いました。


心の病気といっても、しっかりと尿意があるし限界もくる。
なのに尿意と尿量が比例しない。
心と身体のバランスがおかしくなるとは、こういうことだと思いました。


そして、合宿が始まりました。


書いたらキリがないですが、とにかく辛かったのは屋内活動です。


本来なら、屋内活動の方が楽なはずですが、決められた拘束時間が私を苦しめました。


学校であれば半日耐えれば、家で休めますが、一日中尿意に神経をすり減らされていました。


休憩の度にトイレに行くので、便器に立っても全く出ないことが何度もありました。


それでも尿意というか残尿感みたいなものは消えませんでした。


屋外のボランティア活動は、少人数体制でいつでもコンビニやスーパーにかけ込めたので、精神的にはかなり楽でした。


この合宿で楽しめたのは屋外活動だけでした。


そして、限界をこれでもかと擦り減らして、一週間の合宿が終わりました。


帰りの車はパーキングに一度寄っていただけたので、行きよりは楽でした。


この症状を健常者の方に伝えるのは、すごく困難です。
私の場合だけかもしれませんが、家で感じる普通の尿意とは別物だからです。
最初のころは我慢すると痛みもありました。もちろん医者では異常なしと判断されています。
あえて形容するとすれば、舞台を控えて緊張して尿意が限界にきているのに、出番1分前でトイレに行けないといった状態が続く感じです。
伝えたいことは、最初から『限界だ』ということです。
私の場合は、家などでの普通の尿意のときは我慢できますし、少し我慢したら何度かは尿意が引きます。
そして、溜まっているのがわかります。
でも、神経性頻尿は常に切迫した状態なので、常に脂汗全開なのです!

ちなみに、今は昔ほどではなくなりました。


  1. [ edit ]
  2. 高校2年生
  3. / trackback:0
  4. / comment:0

期末試験

いよいよ試験期間です。


神経性頻尿になってから始めての試験だったので、恐怖でしかありませんでした。


とにかく、テスト開始ギリギリにトイレに行って、一瞬で解いて、あとはトイレに行きたいときに手を挙げる



というイメージをしていました。


教室から一度出たら、テスト用紙は回収されるルールだったので、それがまた精神的なダメージを与えました。


そして、テスト本番。


全日程でものすごい尿意が襲ってきました。


手汗でテスト用紙が萎れていましたが、結果一度もトイレには行きませんでした。


そして短い春休みが待っているのですが、これがまた苦しい休みになったのです。









  1. [ edit ]
  2. 高校2年生
  3. / trackback:0
  4. / comment:0

NEW ENTRY  | BLOG TOP |  OLD ENTRY



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。