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月曜日

そしていよいよ、心療内科受診後、初めての一週間が始まりました。


お医者さんからの説明で、薬は一日一錠、効き目は3時間と聞いていた私は、どのタイミングで呑もうか悩みました。


しかし、やはり効き目を早く試したかったので、一限目が始まる頃に合わせて、学校の最寄り駅で呑む事にしましたが、いつも一緒に通学している友人にはバレたくなかったので、駅のトイレに入ってコッソリと少量のお茶で呑みました。


そして、いよいよ一限目の授業。


授業開始直後「今日は薬を呑んだから大丈夫!」
と自分に言い聞かせて安心したつもりでいました。


しかし、10分も経つと下腹部に嫌な感じが押し寄せてきました。


普段の、尿が溜った時の尿意とは違う、緊張した時に一気に押し寄せる、神経性頻尿特有の尿意です。


「あぁ、ダメかぁ・・」


すぐに心が折れました。
そこからは、いつもの尿意との戦いです。


もちろん授業は耳に入りません。


ですが、数学の授業じゃなかったことだけが救いです。


ここから話が少し脱線しますが、私の高校には恐怖の数学教師がいました。


どのような形容詞を使っても、説明できないほどの恐ろしい人です。
ちなみに別の高校に行った友人も、なぜかその教師の噂を知っていましたw


その教師は、一瞬でクラスを軍隊のようにしてしまう人です。


前の学校は、生徒への暴力が激しすぎて辞めさせられたと言っていました。


しかし、本当に怖いのは暴力ではありません。
むしろ、殴って、蹴ってくれたらどれだけありがたいか。


私も一度、私の『前の席』の子が、問題を答えられなくて怒られている最中に
『下を向いて目をそらした』という理由で「お前は『自分は関係ない。』みたいな顔をしやがって。汚いヤツやな。人間のゴミめ。」と言われて蹴られました。


ついでに私の横の子も殴られて、メガネが壊れました(後に教師が弁償しました)。
ターゲットにされるのはもちろん嫌ですが、付近の生徒や同じような前科持ちの生徒への、とばっちりが必ずあるので、それが嫌でした。


でも、叩いて蹴ってくれれば、大体はそこまでで終わるのでラッキーなのです。問題は、教師が絶対に口にしないような、人権などお構いなしの汚い言葉を、1時間も大声で怒鳴り続けることです。
ちなみに、あまりの声の大きさに他の階まで聞こえます。なので、授業中に他のクラスからその教師の怒鳴り声が聞こえてくると、大概の生徒はニヤけますw

「またやっとるな」とw


3年間その教師の授業を受けましたが、話を盛るわけではなく、3年間トータル授業時間の半分は、キレて授業になっていませんでした。


でも、その先生が授業を受け持つクラスは、もれなく点数だけは良いので、学校側は万歳なのでしょうw一応進学校なので・・


ちなみに、私たちの卒業後、その先生はいろいろやりすぎてクビになったと聞きました。


ですが、今思えば良い経験でした。
軍隊にでも行かない限り、経験できないような究極の理不尽な経験をさせてもらいました。
当時は地獄でしたが・・


話がずれましたが、ようは、その先生の授業の時は死んでもトイレに行けなかったのです。


ですので、下手すると授業開始前から尿意と戦っていました。


授業も全員に問題を当てる形式だったので、尿意と戦いつつ、自分の番に当てられそうな問題を必死に解いていました。


「授業中にトイレに行きたくなったら、行ったらいい。」


このような事が、神経性頻尿の完治への近道だとネットでは書かれていましたが、少なくとも当時の私は


「それは無理」


と真剣に思っていました。


なぜなら、その授業に関しては


「我慢しますか?」それとも「トイレに行って学校辞めますか?」


の二択だったからです。


病気だからという理由も、治外法権のその授業では通用しませんでした。

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心療内科

なんとか電車で通える範囲の心療内科を見つけ、1週間後の土曜日に予約を入れた私は「治る!」という希望を胸に、病院へ向かいました。


しかし、この時の私の症状はWorstで、5分で尿意、15分で限界が来てトイレへ!
という最悪の時期だったので、快速であれば3駅、20分ほどで行ける病院であったにもかかわらず、各駅停車を利用して8駅、40分ほどをかけて向かいました。


理由はもちろん、トイレに行きたくなったら次の駅で降りるためです!!
もちろん「ぶらり途中下車」しましたw


この辛さは、似たような症状の病気になった方にしかわからないと思います。

仕方が無いです。
だからこそ、伝えるのはすごく難しいのです。
数ある他の「心に関係する病」も同じであると思います。


私もこの病気になっていなければ、本当の意味でこの病を理解することは無かったと思います。


さて、病院になんとかたどり着いた私は、診察までまだ時間があったので近くのスーパーに入り、しっかりと少量の用を足して、病院に行きました。


病院はとても落ち着いた雰囲気でしたが、私自身は尿意が来るのではないかという恐怖感で手汗ダラダラでした。


「早く診察の順番回ってこい!」と心で念じて、自分よりも先に居た患者さんの数が減っていくのを、唯一の希望に待っていました。


そして、自分の番が来て診察室に入りました。


診察は、お医者さんと一対一で、私が話したことを、ひたすらパソコンに打ち込むというスタンスでした。


私が想像していた「カウンセリング」のような診察とは違い、淡々とした内容でした。


少し残念に感じましたが、薬も処方していただいたので、安心しました。
薬は初診なので、とんぷくの効き目が短くて弱いものだという説明を受けました。


結果は、予想外の診察が私の期待が大きかったのもあり、少し残念でしたが


この薬を飲めば治る!


という希望を胸に、病院を後にしました。

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泌尿器科

とりあえず、家の近所にあった総合病院の泌尿器科を受診しました。
記憶があやふやですが、当時は平日しか私の予定が空いていなかったので、午前中の授業を休んで受診しました。


泌尿器科に着くと、エコー?みたいなのをお腹に当てて検査され、触診をされたのですが、尿検査では事前に何回もトイレに行っていたせいで尿は全く出ず、時間を置いてもう一度検査しましたw


そして、待望の検査結果は「異常なし!」でした。


これでいよいよ「神経性頻尿」という病名が、現実味をおびてきました。
そして、次はそのまま総合病院内の心療内科で診てもらえばよかったのですが、いかんせん泌尿器科の対応が事務的で不親切だったので、別の心療内科を探すことにしました。


お医者さんも毎日同じルーティンワークで疲れているのだと思います。しかし、もう少し人間身をもって接していただければ・・患者側もうれしいのに・・


だって、人間だもの。


そんなこんなで、家に帰るとすぐに専門の心療内科を調べてみました。


すると・・


全然ありません!!


私の最寄り駅には一つもありませんでした。そこで、範囲を広げて探し、やっといくつか見つける事ができました。しかし、そこも予約がいっぱい。


その時ふと「あぁ、こんなに心の病を抱えた人がいるのだなぁ。」と感じました。


今まで心が辛くなることはあれど、心の病気になったことのなかった私は、おこがましくも、心の病気を抱える人たちの気持ちを少し理解した気なっていました。

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ネットで検索

自分の身体が変になってしまったと思った私は、学校から帰るとすぐネットで検索を始めました。


「頻尿」や「頻尿 病気」「頻尿 我慢」など様々なワードで検索していると、「神経性頻尿(※心因性頻尿、頻尿恐怖なども同義)」というワードが、どうも自分の症状と一致していると思いました。


いろいろ調べて情報が増えるのに反比例して、不安は増すばかりだったので、ネットに書いてあった通りにまずは泌尿器科を受診することにしました。

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学校

予備校が終わり、しばらくは下腹部の痛みが続きました。しかし「あの時我慢しすぎたせいだ。すぐ痛みは引くだろう。」と思っていました。実際に、数日たつと痛みはほとんど消えました。


そして、短い冬休みが終わり、学校が始まりました。


寒い冬の朝、いつも通りに駅に向かい、いつもの友人と電車30分、徒歩15分をかけて学校に向かいました。


そしていつも通り、始業ぎりぎりの所で校門にすべりこむことができました。


後は、いつものように朝の小テストを経てホームルーム、授業を受けて帰宅のはずでした。


しかし、そうは問屋が卸しません。


10分弱の小テストの開始間もなくして、トイレに行きたくなりました。


我慢できない程の尿意が襲ってきたのです。


幸い、小テストとホームルームの時間は15分程度なので我慢することができましたが、1限目の授業が始まるまでの5分程度の間にトイレに猛ダッシュ!


すると、あれほどの尿意だったにもかかわらず、なかなか出ません。


力んで出そうとしても少量しか出ませんでした。
しかし、下腹部に痛みのような嫌な感じは残り続けたままです。


仕方なく、授業が始まるので教室に戻りました。


1限目は英語の授業でした。今でも覚えています。


なぜなら、私が高校に入学して以来初めて「授業中に手を挙げた」からです。


私がトイレから戻ると、すぐに英語の先生も入ってきて授業が始まりました。


私はまだ下腹部に異常を覚えたまま、授業を聞いていました。

しかし、10分も経つと下腹部の異常は尿意に変わりました。

その感覚は、予備校のときのような感覚です。

今にも漏れそうな切羽詰まった尿意が襲ってくるのです。

一気に身体が緊張し、冬にもかかわらず、手は洗ったように汗でべちょべちょでした。


この時、自分の身体がおかしくなったことに気が付きました。


後に、家で尿をどのくらい我慢できるのか実験してみましたが、家だとかなりの時間我慢できることに気が付きました。

と同時に、神経性頻尿の症状が出ているときの尿意と、普通に尿を我慢しているときの尿意は別物であるとも感じました。

神経性頻尿の症状が出ているときの尿意は、尋常ではなく「あと1分も我慢できない」というような状態が続くのです。


そして、20分ほど経ち「限界」を覚えた私は、手を挙げてトイレに行こう決意しました。


しかしその時、クラスの一人が手を挙げて


「先生!トイレに行きたいです。う○こ漏れます(←汚くてすいません)」と言いました。

すると先生は「えー、あと20分やでぇ、我慢できんの?」と言いましたが

その子は「無理です!」ときっぱり言いました。

その子はクラスのお調子者だったこともあり、先生も笑いながら

「じゃあ1分で帰ってきて!よーい、スタート!」と言って送り出しました。


当然5分は帰ってきませんでしたが、先生もクラスも気にする事なく授業を再開していました。


しかし、私だけは「やべぇ、先に行かれた」と動揺し

「今はあいつがトイレに行ってるから行けない。でも帰ってきたとして、俺も行けるのか?」

と、トイレに行けないのではないかという恐怖にかられていました。


そして、用を足した生徒が帰ってきました。

すると私は、この5分間あれこれ考えたにもかかわらず、すぐさま手を挙げました。

案の定、先生は「えぇー、嘘やろ。○○君も?後10分くらいやでぇ。」と言われました。が、私は


「限界です!」


と、彼と同じ解答をし、無事に30秒程トイレに行く時間を与えられました。
(教室は廊下の端なので、トイレに着くまでに20秒かかりますw)


しかし、あれほど限界だったのにもかかわらず、出たのは少量だけ。下腹部の異常感もしっかり残ったままでした。


そして結局その日は、毎休み時間ごと、しかも始業直前に


「少量の尿を出すためだけ」にトイレに行きました。


にもかかわらず、授業中にはもれなく尿意が襲ってきました。


さらに、朝は平気だった電車が、帰りには恐怖に感じるようになっていました。


一日のうちに、しかも日常生活で、これほどまでに恐怖を感じた経験は初めてでした。


しかし


これはまだ序章であり、恐怖の日々の幕開けだということを、その時の私は知る由もありません。

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神経性頻尿との出会い

高校2年生の冬休み
私立の進学高校に通っていた私は、学校の勧めで予備校の無料体験に行きました。


駅から5分ほど歩いて予備校に着くと、すぐに教室に案内され、テストを受けさせられました。

テストが始まり真剣に解いていましたが、予備校はエコに取り組んでいたのか教室がとても寒く手は震えていました。


そして、テストが始まって1時間くらいたった頃、尿意が襲ってきました。
しかし、テストはもう少しで終わるだろうと思っていたので我慢しようと思いました。

しかし、一度尿意を我慢し出すと時間がとても長く感じられるものです。
10分が1時間に感じました。


尿意を催して30分くらいたったころ、テストにも集中できなくなり、さすがにトイレに行こうと思い手を挙げました。しかし、先生が誰もこなかったので、気が引けたのですが後ろを振り返りました。


すると、教室には誰も監督者がいません


そこで一瞬絶望し
血の気がサーと引くのを感じ、その直後から今までの倍以上の尿意が襲ってきました。


その後何度も後悔しましたが、そこで私は
尿意を『我慢する』という選択をしてしまいました。


さすがに2時間でテストは終わるだろうと思い「あと30分!あと30分の辛抱!」と自分に言い聞かせ、テスト用紙をただ見つめながら我慢しました。


尿意が押したり引いたりを繰り返してだんだん波は強くなっていき、30分後ぐらいに「漏れるんじゃないか」というような大きな尿意が押し寄せました。必死にお尻に力を入れましたが、気絶しそうになりました。が、何とか失禁は食い止められました。

ここでさすがに恐怖を覚えて、トイレに行こうと席を立ちました。が、そこで監督が入口から入ってきました。

すかさず「トイレに行かせてください」と言いましたが
「あと5分やから」と言われて席に戻されました。


この時ほど、人を恨んだことは無かったです。


そしてテストが終わり、テスト用紙回収の1分が1時間に感じられるという苦行を乗り越え、トイレに猛ダッシュしました。

予備校のどこにトイレがあるのかわかりませんでしたが、幸い教室と同じ階にありました。
トイレに行けるということが、こんなに嬉しく感じたことはありませんでした。

しかし、尿を我慢しすぎたせいか用を足した後も下腹部に鈍い痛みが残りました。


そして、予備校を後にしましたが、帰りの電車で「絶対にあの予備校には行かない」と心に誓いました。

この日を境にして、僕と神経性頻尿との戦いが始まります。




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ブログ始めました

はじめまして「たか」と申します。

今日からブログを書こうと思います。

内容は、高校2年生当時からの相棒「神経性頻尿」についてです。

私は現在もこいつと付き合っています。

同じ病気の方、他の病気をお持ちの方、そうではない方

様々な方に、このブログを見ていただけたら幸いです。

また、「治った!」という方からのアドバイスもお待ちしています。
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