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  • 2018_08

神経性頻尿(心因性頻尿・頻尿恐怖)からの卒業ブログ


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卒業旅行

卒業旅行にも行きました。


ユニバーサル・スタジオ・ジャパンです。


しかも、二回行きました。


高校の友達と、地元の友達(こっちは「卒業旅行」とは言わないかもしれません)です。


下手したら三回行くことになりそうでしたが、そこは心を鬼にして断りましたw


両方とも大切な友達で、「卒業旅行」という一生に一度きりの思い出です。断る理由がありません。


この病気さえなければ、私も間違いなく喜んで三回目も行ったことでしょう。



関西の人であれば、「どっかに遊びに行く」となれば、大体一度はユニバに行きます。


私も例にもれず、過去に3回くらい行きました。


それでも、神経性頻尿になってからは1回目です。不安でした。


二日間、どういう風に回って遊んだのかはあまり覚えていませんが、頻尿の症状がMAXだったアトラクションだけはしっかりと覚えています。当時の光景が目に浮かぶほどです。


一緒に回った友達は誰だったのかも覚えていないのに…


私が本当にヤバかったのは、ウォーターワールドとスパイダーマン、ハリウッド・ドリーム・ザライドです。


普通に頻尿になったのは、ジュラシックパークとターミネーター、シュレック、バックドラフトです。


・・・かなりありますねw


どれもいけるときは、必ず直前にトイレに行きました。


当日の私の設定は「今日、お腹の調子が悪い」です。


それでも、あまり行きすぎると皆の迷惑になるので、ほどほどにするよう努力しました。


でも、待ち時間がとんでもなく長いんですよね。


中でも一番地獄だったのがウォーターワールドからのハリウッド・ドリーム・ザライドです。この間、トイレに行けませんでした。


ウォーターワールドは、アクションありの劇みたいなやつです。結構な時間があります。内容はとてもおもしろかったのですが、後半は安定の我慢ですね。


それでそこからのハリウッド。ジェットコースター。この間トイレ休憩なし。


ハリウッドは、何故か皆で走って行って並びました。列に並んだときに「終わった」と思いました。


案の定、待ち時間はものすごいことに。


一時間以上は確実に待ちました。それでも、空いている方でした。


それと、ユニバのアトラクションは、一回並ぶと途中で列から離れにくいんですよね。


気持ちの問題ではなく、物理的にです。


迷路みたいになっている所に並んで進んでいくので、途中で抜け出せません。


すっかり迷路にハマり込んで、もう抜け出せないと思ったときは、血の気が引いていました。


なので、乗る直前は、一歩でも歩いたら漏れるという状態でした。


そこからのジェットコースター。


ふっと無重力になった瞬間…笑いました。ヤバすぎて。


おそらく、瞬間の絶望度では、卒業式のときよりも勝っていたと思います。


尿を我慢しながらのジェットコースター。昔、芸人が何かのバラエティ企画でやっていたのを思い出しました。


今回は、しっかりと尿が溜っているのもわかりましたし、自分の想定していた限界はとうに超えていたので、漏れなかったのが不思議です。


でも、感覚はめちゃくちゃ(痙攣した感じ)になっていました。


もう少し遅ければ、漏らすより前に失神したのではないかと思います。


他のアトラクションは、そこまで酷くはありませんでした。いつもの感じです。


列に並びながらソワソワして、アトラクションでは我慢。そんな感じでした。


待ち時間っていうのは、本当に怖いです。


行列に自ら望んで並ぶ人の気がしれません。


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教習所

高校を無事に卒業して、大学の入学式までは時間がありました。


なので、この休みを利用して、バイクの免許(普通自動二輪)を取りに行くことにしました。


家にバイクがあったのと、移動手段として必要だったからです。


このときの気持ちは「バイクの免許>頻尿による苦痛」でした。


免許は取ったことがなかったので、ナメていました。


いざ、教習所に行ってカリキュラムを知って後悔するパターンです。


教習は、学科と技能に別れているのですが、どちらも教習中にトイレに行ける空気ではありませんでした。


まず学科に関しては一時間ごとに休憩があるのですが、授業中は教室から出てはいけません。


教官が教室に入って来るのと同時に、教室の鍵を閉められます。


もうそれだけですごいプレッシャーです。「トイレに行けない」というプレッシャーが一番怖いのに、それを毎時間されるのは気持ち的にやられます。


どうしてもヤバイときは、途中で出て行くこともできたのだと思いますが、一度それをしてしまうと、どんどん症状が悪化してしまうような気がしたので必死に我慢しました。


高校の授業で手を挙げてトイレに行った後、「もうこの時間はトイレにはいけない」みたいな変なプレッシャーを感じて、よけいに症状が酷くなったことがあったので、そのときのトラウマかも知れません。


気にしだしたら止まらない病気なので、仕方が無いです。


なので、高校の授業で「一時間」には慣れていたつもりだったのですが、比べ物にならないくらいの我慢を強いられました。


リアルに、倒れるかと思うこともありました。


毎回毎回、同じ症状の繰り返しなのに、全く慣れないのには辛いものがあります。


バイクの技能は、ゼッケンやプロテクターを付けて受けます。


バイクに乗っているので、尿意を感じてもすぐにはトイレに行けません。


それでも、隔離されていないのと、運転に集中していたため、学科ほどの症状はでませんでした。


もちろん、二時間連続で教習を入れた時は、短い休憩時間の間に、ゼッケンとプロテクターを付けたまま屋内のトイレまで走っていきました。



そしていよいよ、試験本番を迎えます…


教習所での教習が無事に終わり、運転免許試験場に学科試験を受けに行きました。


当日は、ものすごい人で、大きな会場にイスと机がビッシリ並んでいました。


「大きな会場」「人口密度が高い」「試験」と、恐ろしい条件がそろっていました。


試験は早く終わった人から退席しても良かったので、とにかく早く終わらすことと、二度とここに来ないためにも、一発で受かるように最後の暗記をしました。


結果、かなり早く問題を解くことができました。


でも、毎度のことながら、いざ問題を解き終わると尿意が引くんですよね。「これでいつでも教室を出れる」という安心感からです。


それからは、二周ほど見直しをして教室を出ました。


試験には無事に一発合格しました。当然です。他の人とは追い込まれ方が違いますw


免許書の手渡しも長かった記憶があります。もちろん「体感時間」ですが。


まあ、無事に免許を取得できたのでよかったです。


もう二度と、あんな長い学科を受けることもありません。


ただ、車の免許を取りに行ったときに「高速教習」で再び苦しむことになりましたが、その話はまたの機会にでも…


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卒業式

卒業式のことは、今でも鮮明に覚えています。


前日は一切眠ることができませんでした。


不安からです。


式は果たして何時間あるのか、途中でトイレには行ける空気なのか、もういっそのこと休んでしまおうかなど、いろんなことを考えているうちに朝を迎えました。


それでも、三年間お世話になった学校だったので、参加することにしました。


それでも、内心は帰りたくて仕方が無かったです。


学校につくと、とりあえずは教室待機になりました。


そして、教室に担任が入ってきて、そろそろ式の時間です。


私は、どのタイミングでトイレに行くのがベストかだけを考えていました。


「もうすぐ式が始まるからトイレに行きたい奴はトイレに行け」と担任が言い、私は迷わずにトイレに行きました。


でも、ここからが地獄でした。


式の行われる体育館までは、全員整列して向かいました。


ですが、すぐに着席するわけではありません。


「卒業生入場」の合図までは、全員体育館の外で待機です。


その待機時間がものすごく長かったのです。


いくら待っても、入場しません。


私のプランでは、体育館に着いたらすぐに入場して一時間ほどで式が終わり、教室に戻る予定でした。


案の定、そこで30分以上待たされることになります。


私は、15分を経過したぐらいで、既にトイレに行きたくなってきたのですが、いつ入場するかは担任にもわからないので、トイレに行くことができません。


その時は、本当に帰りたいと思いました。


でも、進むも地獄、戻るも地獄です。


結局、30分たったぐらいに限界が来て、「これはこのまま入場しても我慢できない」と思ったので、担任に言ってダッシュでトイレに走りました。


もちろん担任からは引きとめられましたが、お構いなしにダッシュしました。


体育館の来客者用の入り口から入って、トイレに駆け込みました。


するとトイレに入った瞬間、吹奏楽部の演奏と拍手が聞こえてきました。


絶望しました。


まさかの、このタイミングで卒業生入場です。


もう本当に帰ろうと思いました。


そう思いながら外に出ると、卒業生の入場はまだ続いていました。


それを見て、「この列に紛れて入場すればいけるかもしれない」と私は思いました。


たぶん、その時はいろんな事が吹っ切れていたのだと思います。


今やれと言われても、絶対にやらないです。


それで、全く知らないクラスに紛れて入場しました。


ある程度席に近付いて来たら、その列からはずれて、自分のクラスの席めがけてダッシュしました。


知らないクラスの列に割り込んだ瞬間は、「はっ?」っていう顔をされました。


そりゃそうでしょうw


幸か不幸か、私のクラスは一番前の席だったので、誰かにどいてもらうこともなく席に座れました。


席を空けておいてくれた友人にも感謝です。


席に戻ると、周りのクラスメイトから「お前、やるなぁw」と言われました。


確かに高校の卒業式で、あんな入場の仕方をする生徒はそうはいないと思います。


そういう形で、なんとか卒業式に参加することができました。


いざ席に座ると、絶対に途中でトイレに行ける雰囲気ではありませんでした。


式前にもし「トイレに行く」という選択をしていなかったらと思うと、さっきの自分の行動は正しかったと思いました。


式は一時間以上ありました。


もちろん、途中でトイレに行きたくなって、そこからは文字通り手に汗握る戦いでした。


祝辞や送別の辞が長かったりすると、「早く終われ!」と、何度も心で念じました。


プログラムが一つ終わるごとに、尿意も増しましたが、それ以上に「もうすぐ終わる!」という希望も増しました。


そしてようやく卒業生退場となりました。


長い戦いでした。


立ち上がった瞬間、「ヤバイ!」と思いましたが、体育館から教室までは持ちこたえました。


そして即いつものトイレにダッシュです。


この一年間で、このトイレに来た回数が一番多いのは、間違いなく私です。


そんなことを考えていたのを思い出します。汚い話です。


それで、その後は担任からの涙ありの話があり、食事もし、良い時間を過ごしました。


その時初めて、今日来て良かったなと思いました。


卒業式だけであれば、ものすごく嫌な思い出で、終わっていたことでしょう。


それでも「式」と名の付くものは、もう二度と参加したくないと思いました。


「式」については、神経性頻尿の方はもちろんのこと、その他の病気の方も苦手とされている方が多いと思います。


本来であれば、めでたいものであったり、感動するものなのだと思いますが、私にとってみれば苦痛でしかありません。


なんかもっと、万民が心地よく過ごせる「式」があればなぁと思います。


そうでなければ、自由参加にしていただきたい。



私の卒業式は、そんな感じでした。

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一年

冬休みになり、神経性頻尿になってから一年が経ちました。


初めはすぐに治ると信じていたのですが、そんなことはなかったです。


この一年間は、インターネットでひたすら検索しました。


神経性頻尿の方のブログや掲示板はかなり見ました。


同じ病気で悩んでいる人が、たくさんいることを知りました。


その中には、完治した人、症状がよくなった人、十年以上病気と闘い続けている人、いろんな人がいました。


でも、万人に共通する「コレ!」といった治し方は見つける事ができませんでした。


もちろん、効果がありそうなマッサージは今でも続けていますし、鍼灸にも行き、森田療法や催眠療法の本も読みました。


これで、完治した人はたくさんいるのだと思います。


でも、私は完治しませんでした。


僕のやり方が悪かっただけなのかもしれませんが、症状がましになることはあっても、完治はしていません。


それでも、森田療法の本なんかは、メンタル面で学ぶことが多かったです。


そして、過敏性腸症候群や対人恐怖症など、似たような病気がたくさんあることも知りました。


また、この病気だけでなく、パニック障害やうつ病など、複数の病気を抱えている人がいることも知りました。


神経性頻尿だけでも大変なのに…同時にいくつもの病気を抱えている人はどれだけ大変なのだろう。


経験の無い私には、その苦労は到底想像できませんが、それでもパソコンの前で涙したのを覚えています。



ちょうど病気になってから一年がたち、だんだんと「この病気と一生付き合っていくのかもしれない」と思うようになっていました。


時間薬で、一番酷かった最初の頃よりはましになっていましたが、それでも何かのきっかけで、また最初の頃に戻るのではないかと思うと不安で、トイレの無い所には出かけられませんでした。


最も酷かった最初の頃は、五分ごとに尿意、十五分でトイレに行っていました。


一年たつと、三十分で尿意、一時間でトイレといった感じでした。


授業が五十分だったため、そのせいかもしれません。


もしかしたら、こうして強制的に症状を治していく方法が確実なのかもしれません。


それでも、この一年は相当神経をすり減らしました。


あとは、家で一時間我慢できたから外でも大丈夫。家で二時間我慢できたから外でも大丈夫。この治療法も試してみましたが、いざ外に出るとすぐに頻尿の症状があらわれて、「やっぱり駄目だ」と思ってしまい、それ以降はあまり効果がありませんでした。



でも、この病気になってから収穫もありました。


「心の病気」について深く知れたことです。


心の病気というと語弊があるかもしれませんが、目に見える身体の病気以外の病気のことです。


私自身、頻尿の症状しか経験していませんが、この一年でかなり苦しめられましたし、現在も苦しんでいます。


心の病気と言ったら、単に精神が弱いとか身体に異常がないのだから日常生活に問題はない、と考える人は今でもたくさんいるでしょう。


でも少なくとも、今の私はそうは思いません。


でも、うまく症状を説明できないし、科学的証拠がなく理解して貰えない病気が多いのも事実です。


そして何より多くの場合は、気軽に周りの人に話せないという壁が立ちはだかります。


「俺今日風邪だわ」「私実は喘息で」みたいには言えません。少なくとも私は。


それでも症状はほぼ毎日あるので、医学の進歩と社会の理解が進むのを待つばかりです。



また、「神経性頻尿」で検索をかけても、他の病気に比べて情報量がかなり少なかったことも、残念な気持ちになりました。


「パニック障害 芸能人」で検索すると何人かヒットしますが、「神経性頻尿 芸能人」で検索をかけても、見つからなかった記憶があります。


それだけ、人に言いづらい病気なのかもしれません。


匿名掲示板を見ると、同じ病気の方はかなりいるように感じたのですが、やはり排泄に関わる病気だということが、人に言い辛い原因の一つとなっていることは間違いありません。


また、健康な人でも尿意は感じるので、自分の症状を説明しても「我慢くらいできるでしょう」言われることが、より一層人に言いづらくさせます。


そして、実際にある程度は我慢できるので、身体の病気のように確実に「証明」できないことが辛いです。



そんなことを考え、学んだ一年でした。


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面接

冬、大学の推薦面接がありました。


校内の選考では無事に選ばれたため、残るは大学に出向いての面接だけでした。


指定校推薦の面接は、かならず通ると言われています。


ですが私はそれ以前に、大学まで行くのがいやでした。


何にも考えずに学校を選んだ私は、ここで家から大学までの遠さを初めて知ることになります。


大学までの行き方を調べると、電車で1時間半、バスで15分かかるとのことでした。


もうここで、絶望です。


電車は最大でも30分しか我慢できないのに、90分かかる。


本当に、真剣に一晩、推薦を断ろうかと考えました。


それでも、もう学校側からは推薦枠をもらっていたので、とりあえず面接だけは行くことにしました。


面接日当日、私はかなり早めに家を出ました。


初めて大学に行くので、道で迷うこととトイレに行く時間を計算に入れたためです。


時間がない→途中でトイレにいけない→頻尿になる→結局トイレに行く→遅刻する


というシナリオが一番最悪でした。


駅でしっかりとトイレを済ませ、電車に乗りました。


乗換の回数や、電車に乗っている時間は事前にきっちり調べていたのですが、それでも不安でした。


結局、全ての乗換駅でトイレに行きました。


もちろん、時刻表検索サイトにはトイレに行く時間などは含まれていないため、予定通りの電車には乗れませんでした。


でも、比較的本数があったため、数分待てば次の電車に乗ることができました。


問題は、最後の乗換でした。


快速を使えば30分でいけるのですが、各駅停車では40分以上かかる電車でした。


快速にはトイレがあるかわからなかったので、悩んだ結果、各駅停車で行くことにしました。


それでも、40分は乗らないといけないというプレッシャーから、20分ほどで尿意を感じました。


もうそうなると、一駅一駅が闘いです。


いつものように「なんとか次の駅までは!」


と、自分自身と闘いながら、目的地まで我慢しました。


自分の身体なのに、自分の意識ではコントロールできない。むしろ、自分が思えば思うほど、それとは逆の方に意識は働く。そんな毎日に、もう疲れきっていました。


駅に着くとトイレに駆け込み、間一髪を逃れました。


そこからはバスです。


ここで問題が起きました。


バスの乗り場がわかりません。


インターネットで調べたバス乗り場には、大学行きのバスがありませんでした。


あとで知ったことですが、時間帯や日にちによって、バス乗り場が変わるということでした。


何故そんな大事なことを、書いていなかったのか。


でも、とにかくバスに乗らなければいけません。


トイレに何度も行き、各駅停車に乗った私に残された時間は、ほとんどありませんでした。


ギリギリの時間しか残っていなかったのです。


とりあえず、一番近くのバス乗り場に停まっていたバスの運転手さんに、大学まではどのバスに乗ったらいいのかを聞きました。


すると、「あのバスだよ。もう出るから急ぎなさい」と言って、全く反対方向のバス停を指しました。


バスは丸い大きな円のロータリーに停車していて、運転手さんが教えてくれたのは、円のちょうど反対側に停まっているバスでした。


それを聞いた私は、運転手さんにお礼を言い、ロータリーの中を直線距離でダッシュしました。
50mはあったと思います。


そして、一度は閉まりかけたドアが再び開いて、なんとか乗りこむことができました。


車内では「駆け込み乗車はおやめください」と、しっかりアナウンスされました。


車内には、いろんな制服の生徒がいました。おそらく皆面接だろう。
そんなことを思いながらしばらくバスに乗っていたのですが、10分もたつと下腹部に違和感を感じました。


「これはヤバイ」と思ったときには、その違和感は尿意にかわっていました。


こんなに間隔が短いのは久しぶりだったので、余計に焦りました。


でも、ここで降りることはできません。電車とはわけが違います。
そして、私も高校の制服を着ていたので、周りの学生も私が同じように大学の面接に行くのだと思っているでしょう。それなのに、私が途中で降りたら変に思われる。というか、面接には確実に遅刻してしまう。そう思うと、絶対に途中で降りることはできませんでした。


さっきの電車での20分間の苦しみと同じくらいの5分間を耐え抜き、大学前まで辿りつきました。


幸い、バス停から大学が見えていたので、大学まではダッシュです。


もう限界だったので、周りの目など関係ありません。


キャンパス内に入ると、面接者用に看板が立っていました。


初めてキャンパスに来たのでトイレの場所もわからず、とりあえずはその看板に従いました。


すると、事務の方が何人か立っていて、名前と面接番号を聞かれました。


尿意を我慢しながらも平静を装って答えると、面接をする教室の前まで案内されました。


教室の前に着くと、廊下に並べられた椅子には、もうすでに何人か座っていました。


「もう面接始りますから、座ってお待ちください」
と言われ、事務員は去っていきました。


「トイレはどこですか?」
と聞きそびれた私は、今日最大の絶望感を感じながら、その席に座りました。


すると、すぐに教室のドアが開き私を含めた、廊下にいた三人が呼ばれました。


その時、教室に入るのがどれほど怖かったことか。


そんな私とは対照的に、面接官の二人は笑顔でした。


おそらくこの大学の教授だったのでしょう。


入って着席するなり、「そんなに緊張しないでいいですからねぇ」と私たちに言いました。


「いや、僕は面接の緊張じゃなくて、トイレにいきたいんです!」
などと言えたらどれだけ良かったか。私はただ、早く面接が終わることを祈りました。


面接は教授が質問をして、三人が順番にこたえるというものでした。


申し訳ない話ですが、他の二人の話が長いと怒りを覚えました。


「早く終われ! 次の質問で終われ!」
私はずっと念じていました。


「それでは最後の質問です」
この一言を言われたときの嬉しさといったら...


結局、面接にどれだけの時間がかかったのかはわかりませんでしたが、最後の質問が終わり「失礼しました」と言って教室を出ると、私はダッシュで校舎を出ました。


他の教室でも面接をやっていたので、同じくらいの時間に面接が終わった高校生たちは、皆正門へと向かっていましたが、私は逆方向(キャンパスの中)に向かって走りました。


とりあえず先ほどの校舎では面接をやっていたので、他の校舎のトイレに行こうと思いました。


トイレはすぐに見つかったので、助かりました。


でも、帰りのバスと電車でも、またしっかりと尿意を我慢することになります。


とにかくもう、この日は散々でした。


後日、合格の通知が届きましたが、その紙を見たとき、この面接の思い出がよみがえって複雑な気持ちになりました。


合格通知を見て喜ばないとは、いよいよヤバイなと自分で思い始めていました。




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